マスミ東京 文化財修復アーカイブ|第3回
「それなら、俺が行こうか。」大英博物館・大襖絵修復プロジェクトの舞台裏

大英博物館に収蔵されている、狩野宗眼重信筆《秋冬花鳥図襖》。
今回、東京都美術館で開催されている展覧会では、青森県の宮越家、アメリカのシアトル美術館に所蔵されている襖絵とともに展示され、約150年の時を越えて再び一堂に会しました。
もともとこれらの襖絵は、奈良・談山神社に伝わっていたもの。
安土桃山時代に書かれたと云われる狩野派の襖絵。
近年の調査によって、離れ離れになっていた作品群が、かつてひとつの空間を構成していたことが明らかになりました。
そんな《秋冬花鳥図襖》が大英博物館で本格的な修復を受けたのは、1998年から2000年にかけてのことです。
その修復を担った一人の職人との出会いには、マスミ東京と海外の修復現場とのつながりを象徴するようなエピソードがあります。
「誰か、いい人はいないか?」
当時、マスミ東京の代表は、大英博物館のアンドリュー・トムソン氏やティモシー・クラーク氏らと交流がありました。
あるとき、
「誰か、修復ができるいい人はいないか?」
と相談を受けます。
そこで腕のいい表具師を何人も訪ねました。
ところが、なかなかイギリスまで行って修復をしてくれる人が見つかりません。
そんなとき、取引のあった職人・森さんを介して知り合ったのが、表具師の「阿部 みつひろさん」でした。
あべさんは、当時すでにニューヨークのメトロポリタン美術館で東洋美術部門の立ち上げに携わり、長年にわたって海外で仕事をしていた人物。
もちろん、こちらから見ても、とても気軽にお願いできるような人ではありません。
それでも、あるとき大英博物館の仕事について話すと、
「そんなに困ってるなら、俺いこうか?」
そう言ってくれたのです。
海を越えて、ひとりの職人がイギリスへ
こうして、阿部さんはイギリスへ渡りました。
そして、1998年から2000年までの3年間、大英博物館でこの大襖絵の修復に携わることになります。
日本から遠く離れたロンドンで、古い襖絵と向き合う。
そこには、日本国内での修復とはまた違った難しさもあったはずです。
しかし、阿部さんは現地で修復を進め、長い時間をかけてプロジェクトを完了させました。
マスミ東京が海外の修復家たちとつながってきた背景には、材料を届けることだけではなく、「人をつなぐ」という役割もありました。
そしてそのつながりが、一人の職人を海の向こうへ送り出し、大英博物館の大きな修復プロジェクトを支えることにつながったのです。

残念ながら、阿部さんはすでに亡くなられています。
今回、約150年ぶりに日本で実現した、青森・ロンドン・シアトルの襖絵の再会を、阿部さん自身が見ることはできませんでした。
けれど、1998年から2000年にかけて、ロンドンでこの作品に向き合った3年間があったからこそ、今日、私たちは修復を終えたその姿を見ることができます。
「それなら、俺が行こうか。」
その一言から始まった海を越えた修復。
そこには、日本の文化財を未来へ残していくために、国境を越えて力を尽くした一人の職人の姿がありました。

大英博物館展は、10月18日まで
第四回へ続く
