なぜマスミ東京は、海外の修復家から頼られるようになったのか

前回は、東京都美術館で開催されている「大英博物館展 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」に出品されている、大英博物館所蔵《秋冬花鳥図襖》をご紹介しました。
約150年ぶりに日本で再会を果たしたこの襖絵。その修復には、マスミ東京が修復材料を全面的に供給しています。
では、なぜ東京の一表装美術用品店だったマスミ東京が、海を越えて大英博物館の修復に関わることになったのでしょうか。
その始まりには、少し意外な経歴と、一人の人物との出会いがありました。
アフリカから始まった、大英博物館との縁
現在のマスミ東京代表は、もともと表具の世界からキャリアを始めたわけではありません。
通信メーカーに勤務し、アフリカに13年間赴任していた時代があります。
その頃から、妻の実家である表具店との縁を通じて、大英博物館を訪れる機会がありました。
当時、大英博物館の保全部長を務めていたのが、アンドリュー・トンプソン氏。
アフリカとヨーロッパは、日本からよりも距離が近い。英語を話すこともできた。
だから、見てきてほしいものがある、持っていってほしいものがある、そんなことを頼まれ通ううちに、少しずつ交流が生まれていきました。
この時にはまだ、その縁が後にマスミ東京の海外展開へとつながっていくとは、想像もしていませんでした。
「こんなもの、誰が買うんだろう」
その後、妻の実家の家業を継ぎ、表具の仕事に携わるようになった代表。
入社から7~8年ほど経った頃、大英博物館の旗振りで「世界修復学会」が開催されることになりました。
そこでアンドリュー氏から、
「君も出展した方がいいよ」
と声をかけられます。
持っていったのは、刷毛や糊、噴霧器など、修復の現場で使われる道具の数々。
しかし本人は、
「こんなものを海外の人が買うわけがない」
と思っていたそうです。
ところが、実際にはまったく違いました。

カンファレンスの休憩時間になると、世界各地から集まった修復家や美術館関係者が次々とブースを訪れました。
「これはどうやって使うのか」
「こんな道具はどこで手に入るのか」
道具を手に取り、使い方を尋ね、そして欲しいと言う。
日本では当たり前のように使われていた道具や素材が、海外の修復現場では貴重な存在だったのです。
「何かあれば Yokoo に聞け」
この出会いをきっかけに、マスミ東京は海外の美術館や修復家へ、少しずつ道具や修復材料を届けるようになっていきました。
当時、同業他社の多くが積極的に対応したがらなかった海外からの問い合わせにも、できる限り応えていった。

一つひとつの相談に応え、必要なものを探し、届ける。
そうした積み重ねの中で、いつしか海外の美術館や修復家の間で、
「何かあれば Yokoo に聞け」
と言われるようになっていきました。
それは、大きな営業戦略から生まれたものではありません。
目の前の修復家が必要としているものに、どうすれば応えられるか。
その積み重ねが、海を越えた信頼につながっていったのです。
そして、その先にあったのが――
大英博物館の大襖絵修復という、一大プロジェクトでした。
次回は、その大規模な修復プロジェクトがどのように始まり、誰が海を越えて修復にあたったのか。
《秋冬花鳥図襖》の修復、その舞台裏をご紹介します。
